「おすすめの白Tシャツはなんですか?」─僕がユニクロの白Tシャツに出会うまで

雑記

世は空前の白Tシャツブームだ。

この前なんか、マツコの番組で「マツコの知らない白Tシャツの世界」として取り上げられていたし、パックTがやたら売れるし、ファッション誌でも白Tシャツ特集が毎月どこかの誌面で必ずと言っていいほど組まれる。

でも、白Tシャツというのは極限にシンプルなアイテムであるがゆえに、サイズや細かいデザインの違いで失敗をすることがある。

これは、僕が愛してやまない最高の白Tシャツに出会うまでの、僕とファッションに関する思い出話という名の落書きだ。


僕が「ファッション」と出会ったのは、中学3年生の冬の話。

当時、僕の父方の祖母は、12月になると決まって年末ジャンボ宝くじを買って親戚中に配り、年明け正月の集まりで結果を聞いて回ることを使命にしていた。僕はお年玉をもらう前に当たりもしない宝くじをもらい受け、12月31日には家族みんなで当選結果を見て、

「あ〜〜〜〜残念。。。」

と一同落ち込む年末を決まって迎えていた。

中3の冬、宝くじの買い出しに行く祖母についていくことがあった。場所は大宮のチャンスセンターだ。テレビで必ず中継される銀座のチャンスセンターには、

「あんな人混みの中に行って疲れるのは御免、当たるときはどこでも当たるのよ」

と言って、かたくなに行こうとはしなかった。その判断は間違いなく正しいと思う。

大宮にはおそらく埼玉で一番大きいであろうデパートがある。宝くじを買った祖母は、僕をそのデパートのメンズ服フロアに連れて行ってくれた。

「来年は高校生なんだから、少しはお洒落もしないとね」

と祖母。

デパートのメンズフロアとは、要はドメブラが入っているところで、とてもじゃないが普通の中学生坊主が入るところではない。ショップの中から「こちらへどうぞ」と言わなくても伝わる貼りつけたような笑顔を浮かべるショップ店員は、控え目に言ってめちゃくちゃ怖かったし、その日のデパートはとても空いていたので、息苦しくて、すぐにでも逃げ出したい気持ちだった。

しかし、子供心なのか、せっかく祖母が言ってくれているのだからという虚栄心を見繕って、かろうじて店名に覚えのある「COMME CA DU MODE MEN」というお店に入った。というのも、中学生の頃に学生服の上に着ていたPコートが「COMME CA ISM」の物だったからである。字体も似ていたので系列店だと思ったのだ。(ISMはセカンドラインであり、MODEがファーストラインで価格帯が違うということは、当時の僕には知る由もない。)

祖母は、店に入るなり、

「私の孫が今度、高校生になるんですけれど、良さそうな服を見繕ってくれないかしら」

と店員に言った。

一瞬、祖母はこの店の常連なのかと思ったが、そこはもちろんメンズのみしか取り扱っていないし、メンズ服を好んで着る趣味を持っていたわけでもなく、店員との会話から祖母も初めて訪れる店であるとわかった。

わかったと同時に、こんなセレブみたいな「適当な服選んで頂戴」ってアバウトな注文でショップ店員をけしかける祖母が少し怖くなった。(父方の祖母はとにかく裕福であり、僕も幸いな事に父母から不自由ない生活を与えてもらっていたが、明らかに次元が違っていた。)当時、僕が着ていたのはしまむらかユニクロだったので、何もかもが初めての経験だった。

その時にいたショップ店員はその店舗のマネージャーさんで、40代のイケてるおじさん。

彼は、ファッションのことなど何もわからない僕に「このズボンは細身にできているから、スーツみたいに格好良く見えるんですよ」とか「こっちのダウンは薄いのに発熱素材でできているから、着膨れしないのにしっかり暖かいんです。満員電車だと暑くなっちゃうのが玉に瑕ですけど」とか、とにかく親身になって色々な服を合わせてくれた。

結局、上から下まで一通りのコーディネートを作ってくれ、僕のクローゼットは一日にして似つかわしくないほど豪華になった。

僕が通っていた高校は、一応制服はあるが私服登校ができる学校で、生徒の3分の1くらいが私服で登校していた。別に制服が格好悪いわけではない(むしろデザインが良いと好評だった)のだが、私服を着て学校に行くと、なんとなく悪いことをしているような、まわりとは少しだけ違う存在になったかのような、そんな浮ついた気持ちになるのだと思う。

かくいう僕も、祖母に買ってもらったCOMME CAの服を学校に着ていくことが多かった。重ねて言うが、制服が嫌いだったわけではない。むしろ制服を着るのは好きだったし、何よりコーディネートを迷うことがない(─冬場にブレザーとシャツの間に着るカーディガンの色で迷うくらい─)のは、朝の時間が貴重な高校生にとってはとても楽だ。ただ、たまに私服を着ていくと、いつもと違う気持ちで学校生活を過ごすことができるので、なんとなく「今日は私服が良いな」と思った日に私服に袖を通すのだった。

私服を着ていくと、まわりからも「スゴいね」とか「格好良いね」とか色々ポジティブに言ってもらえたので気持ちよかった。が、当時の少ないながらの写真を見返すと、服に着られている感じがするのでこっ恥ずかしい。

そう、まわりも僕と変わらない高校生だ。お洒落もファッションも知らない。誤解を恐れずに言えば、お洒落の軸を知らないから、みんなとは違う見慣れない服を着た僕を「格好良い」などと勘違いしていたのだと思う。

今の僕が当時までタイムリープできるなら、もう少しどうにかする。もしくは高校生の自分に、今の自分のとこまで全力疾走で走って来いと言いたい。

別に、COMME CAのイケオジ店員がセレクトを間違えていたのではない。そもそも当時の僕にCOMME CAの服を着こなすことができなかっただけであって、その中でも比較的僕でも似合う服を、あの店員さんは選んでくれていたように思う。実際、その時に買った黒のダウンジャケットは、今でもお気に入りで冬になると結構な頻度で着ている。(僕の身長は高1の段階でほぼ成長が止まった。)

しかし、そんなことを考えもしない僕は、服のレパートリーの乏しさに焦りを感じていた。そこで、初めて始めたファーストフード店でのアルバイトで貯めたお金を握り締めて、本屋に平積みされているメンズファッション誌を買い漁った。最初に買ったのはFINEBOYSだったが、持っている服とテイストが違いすぎて、JOKERやMEN’S NON-NO、MEN’S FUDGEといった”大人の男性”が読むようなファッション誌を読むようになった。(COMME CAの服は基本的にモード系なので、大学生ど真ん中なFINEBOYSやsmartなどは合わない。)

学生カバンの中には、常に何かのファッション誌が入っていたと思う。

電車内で、制服を着てJOKERを読む高校生の姿は、他の乗客から見れば

「マセてんなーこいつ。」

の大合唱だろう。ましてや僕は自他ともに認める童顔なので、下手すると

「中学生がJOKERなんて筋違いなファッション誌読んでるぜキャッハー」

みたいに思われていたかもしれない。

でも、バイト仲間の大学生の先輩でファッション好きな人がいて、互いに持っている雑誌を交換して読み漁ったりもした。いままで色々なバイトを経験してきたけれど、最初のバイトだったあのファーストフード店での思い出が、今でも一番色濃く残っている。

ただ、当然そういった雑誌に載っているハイブランドは買えないので、似たようなテイストの服をユニクロをはじめとしたファストファッションや、HARE、SHIPS、UNITED ARROWSなどのセレショで必死になって探し、少しずつ買い足していった。原宿の古着屋にもよく通った。今は無き「HANJIRO」は、僕の高校生活を語るには欠かせないショップだ。そうそう、今の10代は知らないかもしれないけれど、WEGOだって最初は古着屋だったんだぞ。

(HANJIROで、なにかのタイミングで配布されていた限定のノベルティCD(店内BGMを数曲まとめたもの)は、今でもたまに聞くことがある。)

気づけば、バイト代の8割は服代に消えていた気がする。大げさかもしれないが、いわゆる「ファッションバカ」だった。ちなみに残りの2割はサックスに使っていた(真面目)。

そんな高校生活を過ごした僕も、ついに大学に進学することになった。中学・高校は男子校だったので、大学は初めて同じキャンパス内に女子がいることになる。当然、制服など存在しない。毎日が私服だ。

「制服欲しいわー、何着ていっても女子に変な目で見られる気がするわー、私服つらいわー。」

というのは、卒業を間近に控えた友達の口癖である。僕はというと、心の中で

「制服なくなるのは寂しいけど私服楽しみだなー」

とわくわくしていた。ある意味当然だろう。

が、その幻想は、大学に入ってまもなく消え去ることになる。

先ほども触れたが、当時の僕は「服に着られていた」のだ。

一点ずつはお洒落なのに、僕の体に合っていない。そのことは、大学のキャンパス内に溢れる雰囲気イケメンを見て瞬時に悟った。彼らは決して顔面がイケメンなわけではない(失礼)が、とにかく格好良く見えるのである。それは、彼らが「自分に似合う服」を着ているからだった。

これに気づくと、もう今までのような気分で同じ服を着ることはできない。いつのまにか僕は、シャツ+黒ジーンズとか、パーカー+チノパンとか、とにかく目立たないような服を着るようになっていた。ファンション誌をあれだけ読み漁っていたのに、どんな服が自分に合うかわからない。必死になって少しずつ買い足していった服も、果たして似合っているのかわからない。

ファッションバカは、「ファッション迷子」に転生した。

そんな僕にも、大学で彼女ができた。一世一代のファインプレーだ。大谷選手もびっくりである。

当時の僕といえば、先輩からの

「彼女、欲しくないの?」

という質問に対して、

「まあ、いい出会いがあれば、付き合いたいですね。(キリッ」

とかいう童貞力マックスな回答をするほどの恋愛無経験者だった。そりゃ先輩(女性)に、ほぼ初対面で、

「なんかキミって、童貞っぽいよね!!」

と満面の笑みで言われもする。普通、「彼女いなさそうだよね!」とかでしょうに。(確かに童貞だったけどな!!)

なのに、こと彼女に関しては玉砕覚悟で突っ込んでいってたので、人生何が起こるか本当にわからない。

何はともあれ、彼女は僕には似つかわしくないほどの美人で、とにかく何を着ても似合わないことがない。これは贔屓目に見ているのではなくて、事実としてそうだった。マジで何を着ても似合ってしまう。

そんな有様なので、僕は彼女に対する「似合う」の水準を上げざるを得なかった。まわりから見ればどんな服も充分似合っているのだけれど、「似合わない」を無理やりにでも作らないと、「どっちが似合う?」という質問に対する回答に窮するためだった。(男性にとって、女性の「どっちが似合う?」という質問は、高校で教わってきたどんな数式よりも難解であるのは言うまでもないが、僕にとってはさらに輪を掛けて難しかった。断じて惚気けているのではなく、当時は本当に真剣に悩んでいた。)

そんな人の隣を歩くのに適当な格好では示しがつかない。しかし、あまりお金もないので、いい服を買うにも限界がある。僕は自然に、ユニクロをはじめとしたファストファッションで「ハズさない服」を買うようになっていた。「ハズさない服」とは、要はだいたい誰が着ても似合わないことがない服のことである。コーディネートの基礎知識くらいは腐っても持っていたので、とにかく「ハズさない」ことを唯一の目的として服を着た。

この方向性は間違っていなかったようで、大学を卒業して久々に会った大学の同級生には、

「大人っぽくなったね。」

と言われ、そのときにようやくホッと胸をなでおろした記憶が、心の片隅にぽつんと残っている。

大学卒業後は大学院に行って引き続き勉強に励み、卒業後も司法試験合格のため受験浪人生としての生活を送るようになった。

そんな折に彼女と別れ、ただの受験浪人生になると、本当に何も用事がないのでバイト以外でほとんど外に出なくなった。

朝起きて、パジャマを脱いで服を着替える。クローゼットには色々な服。どれを着ようか迷う。そこでふと思った。

「待て、そもそも誰にも会わないのに、なぜ僕はファッションのことで悩んでいるのだろうか。」

「服を選ぶ」という行為が急に馬鹿らしくなった僕は、クローゼットにしまってあった服をあらかた処分することにした。

一度始めた断捨離はなかなか止まらず、ついには着る服に困るようになってしまった。流石にそこそこお金を出して買ったお気に入りの服が何着かあったのでそれは残したものの、シャツやTシャツ、セータなど、インナーやライトアウターといった服が圧倒的に不足したのである。

かろうじて残っていた無印良品のブロードシャツにユニクロの黒デニムを着て、ユニクロの超大型店舗に出向いた(たまたまそのタイミングで行ったユニクロが超大型店だった)。

「服なんて結局着られれば良いのだから、適当に白Tシャツでいいや」

と思った。ただ、ユニクロの白Tシャツと一口に言っても、いくつかの種類がある。「スーピマコットン」は昔からユニクロの定番商品で、いまでこそ多くのセレオリがこれを採用しているものの、ファストファッションにスーピマを採用した先駆者はユニクロだ。ドライTはすぐよれるし、ヘビーウェイトは肌触りがいまいちだし、他の白Tシャツはデザインが変だったりするので候補外。ユニクロで白Tシャツを買うなら「スーピマコットン」一択だ。

その日は店内がやけに空いていたので、どうせなら全部のサイズを試着してみようと思い、S/M/Lの3サイズを持って試着室に入った。

同じ白Tシャツを3枚持って、

「試着したいんですけど」

という僕にも、店員さんは、

「3枚ですね、こちらの試着室お使いください。」

と当たり障りのない対応。この丁度いい距離感が心地良い。

それぞれ着てみると、同じ白Tシャツなのに全然見た目が変わる。僕は身長が165cmなので、だいたいの服はSサイズでOKだ。で、スーピマTもSサイズだとぴったりだが、ちょっとぴったり過ぎていわゆる「乳首透け」が気になる。スーピマTはヘビーウェイトではないので、ぴったりサイズだと透け感が気になってしまう。逆に、Lサイズだと透け感は気にならないが、今度は着丈が長すぎて下品だ。僕にはMサイズがちょうど良い。

こうやってちゃんとサイズを合わせると、ただの白Tシャツのはずなのに、やけに肌になじんだ。(これまで色々な服を買ってきたのに恥ずかしい限りだが、アウターやボトムは試着しても、インナーは面倒くさくて試着して買ったことがなかった。)ひとまず2着同じ物を買って、翌日からその2枚を着回すようにした。

するとどうだろう。朝、パジャマから着替えるのに迷う必要がない。コーディネートに悩むストレスが皆無なのだ。これは、高校の頃に制服を着ていたときの感覚に似ている。しかも、自分が「良い」と思ったものを常に着ていられる。こんなに心地よくて幸せなファッション体験は、ほぼ初めてに等しかった。目からウロコが落ちすぎて痛いくらいだ。

たった1,000円のTシャツ1枚で何を言っているんだと言われるかもしれない。でも、僕にとってこのユニクロのスーピマコットンTシャツは、「どこでも買えて、気軽に着れて、着心地が良い」3拍子揃った最高のTシャツだ。

安上がりな幸せだと言われるかもしれない。でも、僕にとっては、1,000円という安さで買えるのにこんなにも肌になじむスーピマTが、とても素晴らしい逸品なのだ。

僕は後日、さらにもう1枚同じスーピマTを買い足し、ワゴンに入っていたユニクロU(2018FW)のスーピマTも買った。通常のスーピマTとユニクロUのスーピマTは、サイズ感はほぼ同じであるが、襟元のデザインが異なっていて、ユニクロUの方が細い。よりシンプルに見えるので、1枚で着たときのオシャレ感が上がるのだ。(ちなみに、2019SSのユニクロUスーピマTは、襟元が若干太くなった。2019FWでは戻してもらえることを願っている。)

他の人から見れば本当に些細な違いだと思う。この感覚は、興味ない人が韓流アイドルグループを見て、

「だいたいおんなじ顔じゃん。」

と言い放つのに似ている気がする。(僕もだいたい同じに見える。)

けれど、着る本人のテンションが重要なのだと、いまさらになって改めて思う。そもそも、人のファッションなんて他人から見ればだいたいどうでもいいものだ。昨日会った人がどんな服を着ていたかさえ覚えていないだろう。本人が、その襟元の違いでオシャレを楽しんでテンションが上がるなら、それで良いのだ。

まあ、とにもかくにも、僕はこうした約12年にわたる紆余曲折を経て、ユニクロの白Tシャツに行き着いた。たまに他のショップにも行ってTシャツを見ることもあるけれど、結局はユニクロのTシャツに戻ってきてしまう。オシャレ着として1枚で8,000円とかするTシャツを買うことはあるかもしれないけれど、普段着として毎日安心して着られる白Tは、ユニクロのスーピマコットンTシャツで間違いない。

この白Tが似合わないなら筋トレをしよう。ほぼ間違いなく、筋肉が足りないか腹が出ているのが原因だ。うっすらでいいから胸筋と腹筋がわかるようになれば、とたんにこの白Tが似合うようになる。30,000円の服を買うくらいなら、そのお金でジムに行こう。ぶっちゃけジムに行く必要すらない。事実、僕は自重トレーニングしかしていないが、ちゃんと筋肉をつけられている。1,000円のTシャツを最高に着こなせる体になろう。それで手に入れられるファッション体験は、プライスレスだ。

このブログを読んでない人が、僕に

「毎日白T着てますよね。おすすめの白Tシャツはなんですか?」

と尋ねてきたら、

「ユニクロのスーピマコットンTシャツ」

と、僕は胸を張って迷わず答える。

─了─

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